池本克之です。
先日、私が主催する
「Are You Happy?Japan」の一環として、
武蔵野プリティープリンセスの
ソフトボール練習に参加してきた。
武蔵野プリティープリンセスは、
日本初の女子だけの
障害者ソフトボールチームである。
それぞれが個性を持ち、
それぞれの挑戦を続けている。
その姿そのものが、
多くの人に勇気を与えているチームである。
久しぶりに立つグラウンド。
その瞬間、胸の奥が自然と高鳴った。
白いライン、土の匂い、
仲間の声、ボールの音。
やはり私は高校球児である。
グラウンドに立つと、理屈抜きで心がワクワクする。
ここは特別な場所というより、
本来の自分が戻る場所である。
社会に出て、経営に携わり、
日々、重い意思決定をしているが、
グラウンドでは違う。
目の前の一球に集中する、
仲間と声を掛け合う、
全力で走る。
余計なものが削ぎ落とされ、
原点に立ち返ることができるのである。
そして何より、
メンバーたちのひたむきな姿勢から
多くのことを学ばせてもらっている。
一球をあきらめない姿、
できることに集中する姿勢、
仲間を思いやる声かけ。
そこには本質がある。
練習後、最後にグラウンド整備を行った。
トンボをかけ、
ベース周りをならし、
丁寧に土を整える。
これは単なる後片付けではない。
練習できる環境への感謝、
支えてくれる人への敬意、
そして次に使う人への配慮。
そのすべてが、整備という行為に込められている。
強豪校ほど、
グラウンド整備は早く、正確である。
だらだらやらない、
雑にやらない、
徹底して美しく整える。
そこにチームの文化が出る。
仕事も同じである。
成果だけでなく、
その後の整理整頓、
周囲への配慮、
環境への感謝まで含めて一流である。
久しぶりに土に触れ、
汗を流し、
最後にグラウンドを整えながら、
改めて感じた。
やはりグラウンドは、
私にとって本来の場所なのである。
カテゴリー: 2026年
社内の空気を整えるのも社長の仕事
池本克之です。
会社には目に見える成果だけでなく、
目に見えない「空気」が存在する。
これは雰囲気とも
士気ともいえるもので、
良くも悪くも業務のスピードや質に
影響を与える。
そして厄介なのは、
この空気が悪くなると、
何をやっても成果が出にくくなることだ。
社内の空気が悪くなる原因は様々である。
業績不振、
上司と部下の不信感、
部署間の衝突、
あるいは小さな不満や噂話の積み重ねなど。
こうした原因が絡み合い、
見えない形で全体を覆う。
その結果、会議は重苦しくなり、
笑顔が消え、ミスが増え、
社員同士のやり取りもぎこちなくなる。
この状態を放置してはいけない。
空気は自然に好転することはほとんどなく、
むしろ悪化のスピードのほうが速い。
社長としてまずやるべきは、
原因の仮説を立て、
現場に耳を傾けることである。
誰かを責めるのではなく、
「何が起きているのか」を知るために
情報を集める。
次に、社内に“ポジティブな話題”を
意図的に作ることだ。
小さな成功事例を全体に共有する、
頑張った社員を皆の前で称賛する、
社内イベントを開いて楽しい時を共有する、など
雰囲気を上向かせる仕掛けが必要だ。
空気が悪いときは、
社員は未来に希望を持ちにくくなっている。
だからこそ
「会社は前に進んでいる」という実感を
与える行動が有効である。
また、社長自身の態度も重要である。
焦りや苛立ちを表に出せば、
その感情は社内全体に伝染する。
逆に、落ち着きと前向きさを保てば、
空気は少しずつ変わる。
社内の空気は、
社長の姿勢と発言によって
方向づけられると心得るべきだ。
悪い空気は放っておけば会社の成長を止める。
しかし、正しい対処と意識的な
仕掛けによって、
必ず好転させることができる。
空気を変える力は、
経営者の大事な資質のひとつなのである。
PS
会社には目に見える成果だけでなく、
目に見えない「空気」が存在する。
これは雰囲気とも
士気ともいえるもので、
良くも悪くも業務のスピードや質に
影響を与える。
そして厄介なのは、
この空気が悪くなると、
何をやっても成果が出にくくなることだ。
社内の空気が悪くなる原因は様々である。
業績不振、
上司と部下の不信感、
部署間の衝突、
あるいは小さな不満や噂話の積み重ねなど。
こうした原因が絡み合い、
見えない形で全体を覆う。
その結果、会議は重苦しくなり、
笑顔が消え、ミスが増え、
社員同士のやり取りもぎこちなくなる。
この状態を放置してはいけない。
空気は自然に好転することはほとんどなく、
むしろ悪化のスピードのほうが速い。
社長としてまずやるべきは、
原因の仮説を立て、
現場に耳を傾けることである。
誰かを責めるのではなく、
「何が起きているのか」を知るために
情報を集める。
次に、社内に“ポジティブな話題”を
意図的に作ることだ。
小さな成功事例を全体に共有する、
頑張った社員を皆の前で称賛する、
社内イベントを開いて楽しい時を共有する、など
雰囲気を上向かせる仕掛けが必要だ。
空気が悪いときは、
社員は未来に希望を持ちにくくなっている。
だからこそ
「会社は前に進んでいる」という実感を
与える行動が有効である。
また、社長自身の態度も重要である。
焦りや苛立ちを表に出せば、
その感情は社内全体に伝染する。
逆に、落ち着きと前向きさを保てば、
空気は少しずつ変わる。
社内の空気は、
社長の姿勢と発言によって
方向づけられると心得るべきだ。
悪い空気は放っておけば会社の成長を止める。
しかし、正しい対処と意識的な
仕掛けによって、
必ず好転させることができる。
空気を変える力は、
経営者の大事な資質のひとつなのである。
PS
お客様は本当に満足しているのか
池本克之です。
自分たち、会社が考えているほど、
お客様は満足していない可能性が高い。
2026年のビジネス環境は
かつてないスピードで変化しており、
顧客体験の基準は、
毎日のように更新されているからだ。
AIの普及により、
迅速で正確な対応が当たり前になり、
異業種から高品質なサービスが次々と参入している。
つまりお客様が無意識に抱く期待値は
以前よりはるかに高くなっている。
しかし、多くの中小企業では
「うちは十分やれている」という安堵が
社内に広がりやすい。
ここに大きな落とし穴がある。
お客様は不満を直接言わないことが多く、
気づいたときには
離反が進んでいることも珍しくない。
満足度を正しくつかめない企業は、
静かに衰退の道を歩いてしまうのである。
では、お客様の本音をどうキャッチすべきか。
まず「聞き方」を変えることである。
一般的なアンケートでは本質は見えにくい。
「次回も選びたいか」
「誰かに勧めたいか」
「なぜそう思うのか」といった、
行動に直結する質問にすることが重要である。
人は意見よりも
行動に本音が現れるからである。
次に、データを時系列で追うことが欠かせない。
単発の高評価は偶然の可能性がある。
購入頻度の変化、
問い合わせ内容の質、
離脱の兆候を数ヶ月単位で眺めると、
社員が気づかない
「ゆるやかな下り坂」が見えることがある。
この兆候を放置すれば、
企業は気付かないうちに顧客の期待から遅れ始める。
そして最終的に必要なのは、
分析を「行動」に変えることである。
誰が、
いつまでに、
何を、
どの基準で行うのか。
この設計が曖昧な組織は、
どれだけデータを集めても改善につながらない。
私は
「行動に落ちない分析は価値を生まない」
と考えている。
結局のところ、
顧客満足とは感覚ではなく、
事実と行動で確認すべきものである。
今の時代、ビジネスにおいての思い込みを捨て、
顧客の小さな変化に
耳を澄ませる企業こそが成長し続ける。
「うちは大丈夫」
という油断を手放した企業だけが、
選ばれ続ける未来をつくるのである。
自分たち、会社が考えているほど、
お客様は満足していない可能性が高い。
2026年のビジネス環境は
かつてないスピードで変化しており、
顧客体験の基準は、
毎日のように更新されているからだ。
AIの普及により、
迅速で正確な対応が当たり前になり、
異業種から高品質なサービスが次々と参入している。
つまりお客様が無意識に抱く期待値は
以前よりはるかに高くなっている。
しかし、多くの中小企業では
「うちは十分やれている」という安堵が
社内に広がりやすい。
ここに大きな落とし穴がある。
お客様は不満を直接言わないことが多く、
気づいたときには
離反が進んでいることも珍しくない。
満足度を正しくつかめない企業は、
静かに衰退の道を歩いてしまうのである。
では、お客様の本音をどうキャッチすべきか。
まず「聞き方」を変えることである。
一般的なアンケートでは本質は見えにくい。
「次回も選びたいか」
「誰かに勧めたいか」
「なぜそう思うのか」といった、
行動に直結する質問にすることが重要である。
人は意見よりも
行動に本音が現れるからである。
次に、データを時系列で追うことが欠かせない。
単発の高評価は偶然の可能性がある。
購入頻度の変化、
問い合わせ内容の質、
離脱の兆候を数ヶ月単位で眺めると、
社員が気づかない
「ゆるやかな下り坂」が見えることがある。
この兆候を放置すれば、
企業は気付かないうちに顧客の期待から遅れ始める。
そして最終的に必要なのは、
分析を「行動」に変えることである。
誰が、
いつまでに、
何を、
どの基準で行うのか。
この設計が曖昧な組織は、
どれだけデータを集めても改善につながらない。
私は
「行動に落ちない分析は価値を生まない」
と考えている。
結局のところ、
顧客満足とは感覚ではなく、
事実と行動で確認すべきものである。
今の時代、ビジネスにおいての思い込みを捨て、
顧客の小さな変化に
耳を澄ませる企業こそが成長し続ける。
「うちは大丈夫」
という油断を手放した企業だけが、
選ばれ続ける未来をつくるのである。
経営判断に情が入るとき
池本克之です。
経営者には、必ず「判断軸」がある。
いや、正確に言えば、
判断軸を持たなければ経営はできない。
それでも、私のところには
「この判断でいいでしょうか」
「どう決めたらいいかわかりません」
そう相談してくる社長が多い。
なぜか。
答えはシンプルで、
感情や情が判断を邪魔しているからだ。
人間だから、情があるのは当然だ。
長く一緒に働いた社員、
苦しい時期を支えた幹部、
簡単に切り捨てられない気持ちもわかる。
しかし、経営判断に情が入りすぎた瞬間、
会社は静かに弱っていく。
本来、経営判断は冷たいものだ。
売上、利益、粗利、
生産性、時間対効果。
まず見るべきは、感情ではなく数字だ。
数字は嘘をつかない。
ごまかせるのは人の言葉だけだ。
業績が下がっているのに
「彼は頑張っている」
「気持ちはある」
この判断を続けた会社が、
強くなった例を僕は知らない。
強い会社の経営者ほど、判断が早い。
そして、その判断理由がはっきりしている。
好き嫌いではない。
感情でもない。
数字と事実で決めている。
さらに重要なのは、その判断軸が
経営者だけのものになっていない会社だ。
下にいる上司たちが
「社長ならどう判断するか」
ではなく
「この数字なら、こう判断する」
そう考えられる組織は、ブレない。
逆に弱い会社は、
上司ごとに判断が違う。
部署ごとに基準が違う。
結局、現場は社長の顔色を見るようになる。
これではスピードも出ないし、
責任の所在も曖昧になる。
判断軸とは、価値観ではなく、
仕組みである。
数字で共有できる基準だ。
感情をゼロにしろとは言わない。
だが、感情を
判断の「上」に置いてはいけないのである。
数字の下に、情がある。
この順番を間違えた瞬間、経営は苦しくなる。
社長の仕事は、正解を当てることではなく、
基準を示し、決め続けることだ。
判断軸を持たない会社は迷い続ける。
判断軸を共有できない会社に、成長はない。
経営者には、必ず「判断軸」がある。
いや、正確に言えば、
判断軸を持たなければ経営はできない。
それでも、私のところには
「この判断でいいでしょうか」
「どう決めたらいいかわかりません」
そう相談してくる社長が多い。
なぜか。
答えはシンプルで、
感情や情が判断を邪魔しているからだ。
人間だから、情があるのは当然だ。
長く一緒に働いた社員、
苦しい時期を支えた幹部、
簡単に切り捨てられない気持ちもわかる。
しかし、経営判断に情が入りすぎた瞬間、
会社は静かに弱っていく。
本来、経営判断は冷たいものだ。
売上、利益、粗利、
生産性、時間対効果。
まず見るべきは、感情ではなく数字だ。
数字は嘘をつかない。
ごまかせるのは人の言葉だけだ。
業績が下がっているのに
「彼は頑張っている」
「気持ちはある」
この判断を続けた会社が、
強くなった例を僕は知らない。
強い会社の経営者ほど、判断が早い。
そして、その判断理由がはっきりしている。
好き嫌いではない。
感情でもない。
数字と事実で決めている。
さらに重要なのは、その判断軸が
経営者だけのものになっていない会社だ。
下にいる上司たちが
「社長ならどう判断するか」
ではなく
「この数字なら、こう判断する」
そう考えられる組織は、ブレない。
逆に弱い会社は、
上司ごとに判断が違う。
部署ごとに基準が違う。
結局、現場は社長の顔色を見るようになる。
これではスピードも出ないし、
責任の所在も曖昧になる。
判断軸とは、価値観ではなく、
仕組みである。
数字で共有できる基準だ。
感情をゼロにしろとは言わない。
だが、感情を
判断の「上」に置いてはいけないのである。
数字の下に、情がある。
この順番を間違えた瞬間、経営は苦しくなる。
社長の仕事は、正解を当てることではなく、
基準を示し、決め続けることだ。
判断軸を持たない会社は迷い続ける。
判断軸を共有できない会社に、成長はない。
午前中の勝負で会社は強くなる
池本克之です。
私は、午前中こそが
一日の勝負時間であると考えている。
人は朝起きてから
数時間がもっとも集中力が高く、
頭も冴えている。
経営者自身がそうであるように、
社員も午前中にどれだけ質の高い仕事を
積み上げられるかで、
その日一日の成果が大きく変わる。
しかし現実には、
午前中の時間を雑務でつぶし、
午後からようやく本格的に
動き出す会社も少なくない。
これでは本来のポテンシャルを
生かしきれない。
だからこそ「午前中の勝負時間」を
会社の習慣にすることがとても重要だ。
たとえば、
朝早く出社する習慣を取り入れる。
静かなオフィスで
集中して仕事を進める心地よさは
一度体験すればクセになる。
伊藤忠商事のように、
朝型勤務を制度化して
残業代ではなく、
早朝勤務手当を支給する方法もある。
社員にとっても
「早く成果を出して、
夕方には余裕を持って帰れる」
という意識につながる。
もちろんただ早く来ればよいわけではない。
午前中は
「考える仕事」
「決断する仕事」
「提案を練る仕事」を優先する。
午後にやっても疲れで精度が
落ちるタスクを午前中に
片づける習慣をつくる。
逆にメールや事務処理などは
午後に回してもよい。
午前中に集中できる仕事をする仕組みをつくる。
少しずつでも社内で習慣化できれば、
自然に同じリズムを刻めるになる。
これは単なる勤務時間の調整ではなく、
組織全体の生産性を底上げする
文化づくりである。
会社にとって一番の資産は
「時間の使い方」である。
その中でも、もっとも価値の高い「午前中」を
どう活かすかは、経営者の意思で決まる。
勝負の時間を
午前中に固定することができれば、
会社の成長速度は確実に変わる。
私は、午前中こそが
一日の勝負時間であると考えている。
人は朝起きてから
数時間がもっとも集中力が高く、
頭も冴えている。
経営者自身がそうであるように、
社員も午前中にどれだけ質の高い仕事を
積み上げられるかで、
その日一日の成果が大きく変わる。
しかし現実には、
午前中の時間を雑務でつぶし、
午後からようやく本格的に
動き出す会社も少なくない。
これでは本来のポテンシャルを
生かしきれない。
だからこそ「午前中の勝負時間」を
会社の習慣にすることがとても重要だ。
たとえば、
朝早く出社する習慣を取り入れる。
静かなオフィスで
集中して仕事を進める心地よさは
一度体験すればクセになる。
伊藤忠商事のように、
朝型勤務を制度化して
残業代ではなく、
早朝勤務手当を支給する方法もある。
社員にとっても
「早く成果を出して、
夕方には余裕を持って帰れる」
という意識につながる。
もちろんただ早く来ればよいわけではない。
午前中は
「考える仕事」
「決断する仕事」
「提案を練る仕事」を優先する。
午後にやっても疲れで精度が
落ちるタスクを午前中に
片づける習慣をつくる。
逆にメールや事務処理などは
午後に回してもよい。
午前中に集中できる仕事をする仕組みをつくる。
少しずつでも社内で習慣化できれば、
自然に同じリズムを刻めるになる。
これは単なる勤務時間の調整ではなく、
組織全体の生産性を底上げする
文化づくりである。
会社にとって一番の資産は
「時間の使い方」である。
その中でも、もっとも価値の高い「午前中」を
どう活かすかは、経営者の意思で決まる。
勝負の時間を
午前中に固定することができれば、
会社の成長速度は確実に変わる。
社員が動かない理由
池本克之です。
なぜ社員が思うように動かないのか?
それはズバリ
社長のマネジメント不足である。
経営者の多くが
「社員が思うように動いてくれない」
と嘆く。
しかしその原因を
社員の能力や
性格のせいにしてしまうのは危険だ。
本質はもっとシンプルである。
社員が動かないのは、
普段からのマネジメントが
できていないからである。
経営とは人を通して
成果を出す営みである以上、
社員が動けない環境を
つくっているのは社長自身である。
具体的には三つの欠落がある。
第一に「期待の明確化」ができていない。
社員に対して
「がんばれ」「しっかりやれ」と言っても、
それは抽象的な言葉にすぎない。
どのような行動を、
どの水準で、
どの期限までにやるべきなのか。
これが具体的に伝わっていなければ、
社員は判断できず、結局動かなくなる。
第二に「フィードバック」が足りない。
人は行動の結果を確認しなければ、
改善できない。
社長が忙しいからと放置していては、
社員は「これでいいのか」と
不安のまま手を止める。
良い行動は認め、改善すべき点は
具体的に指摘する。
その積み重ねが、社員を
自律的に動かす土台となる。
第三に「日常のコミュニケーション」である。
会議や業務指示の場面だけでなく、
普段の会話や雑談を通じて
社長の考え方や価値観を
共有することが重要だ。
社員は言葉以上に、
日常の社長の姿勢から学んでいる。
この積み重ねがなければ、
いざという時に
「なぜそれをやるのか」が腹落ちせず、
社員は動かない。
つまり社員が思うように
動かないのは偶然ではない。
それは日常のマネジメントの蓄積の
結果なのである。
一度や二度の指示で人は変わらない。
普段から方向を示し、
確認し、励まし、修正する。
その繰り返しが
「動ける組織」をつくる。
社長の仕事は、
社員にとって「動きやすい環境」を
つくることである。
そしてそれは、
マネジメントという
地道な日常の積み重ね以外には
実現できない。
私はこう思う。
「社員が動かないとき、
まず疑うべきは社員ではなく、
社長自身のマネジメントである」と。
そこに気づき、
日常の関わり方を見直す社長だけが、
強い組織をつくり上げることができるのだ。
PS
なぜ社員が思うように動かないのか?
それはズバリ
社長のマネジメント不足である。
経営者の多くが
「社員が思うように動いてくれない」
と嘆く。
しかしその原因を
社員の能力や
性格のせいにしてしまうのは危険だ。
本質はもっとシンプルである。
社員が動かないのは、
普段からのマネジメントが
できていないからである。
経営とは人を通して
成果を出す営みである以上、
社員が動けない環境を
つくっているのは社長自身である。
具体的には三つの欠落がある。
第一に「期待の明確化」ができていない。
社員に対して
「がんばれ」「しっかりやれ」と言っても、
それは抽象的な言葉にすぎない。
どのような行動を、
どの水準で、
どの期限までにやるべきなのか。
これが具体的に伝わっていなければ、
社員は判断できず、結局動かなくなる。
第二に「フィードバック」が足りない。
人は行動の結果を確認しなければ、
改善できない。
社長が忙しいからと放置していては、
社員は「これでいいのか」と
不安のまま手を止める。
良い行動は認め、改善すべき点は
具体的に指摘する。
その積み重ねが、社員を
自律的に動かす土台となる。
第三に「日常のコミュニケーション」である。
会議や業務指示の場面だけでなく、
普段の会話や雑談を通じて
社長の考え方や価値観を
共有することが重要だ。
社員は言葉以上に、
日常の社長の姿勢から学んでいる。
この積み重ねがなければ、
いざという時に
「なぜそれをやるのか」が腹落ちせず、
社員は動かない。
つまり社員が思うように
動かないのは偶然ではない。
それは日常のマネジメントの蓄積の
結果なのである。
一度や二度の指示で人は変わらない。
普段から方向を示し、
確認し、励まし、修正する。
その繰り返しが
「動ける組織」をつくる。
社長の仕事は、
社員にとって「動きやすい環境」を
つくることである。
そしてそれは、
マネジメントという
地道な日常の積み重ね以外には
実現できない。
私はこう思う。
「社員が動かないとき、
まず疑うべきは社員ではなく、
社長自身のマネジメントである」と。
そこに気づき、
日常の関わり方を見直す社長だけが、
強い組織をつくり上げることができるのだ。
PS
人生は常に帳尻が合う
池本克之です。
日曜にふと思うこと。
人生を長く見渡してみると、
結局のところ
「プラスマイナスゼロ」である、
ということだ。
順調に見える人でも、
必ずどこかで谷が訪れる。
反対に不幸が続いているように見える人でも、
どこかで風向きが変わり、
思いもよらぬ追い風が吹く。
人の運は、そうした均衡の上に
成り立っているのだと思う。
私が思うのは、
運がいいときにこそ、
実力があるかどうかが試される、
ということである。
追い風が吹けば誰でも走れる。
しかしその追い風に甘えて脚を止める人と、
さらに踏み込んで前に進む人とでは、
その後の景色がまったく違う。
プラスに見える時期をどう扱うかで、
ゼロに戻るだけなのか、
次のプラスにつながるのかが決まるのである。
また、マイナスの時期は、
実は未来のプラスの前払いであることが多い。
仕事が思うように進まなかったり、
人間関係がぎくしゃくしたり、
予期せぬトラブルが続いたりする。
だが、それらの出来事には
必ず学びが含まれており、
それをきちんと受け取った人から順に
次の段階へ進んでいく。
マイナスとは、
未来の自分に向けて
必要な課題を渡されているだけなのである。
だからこそ、
人生の波に振り回されるのではなく、
その波を観察し、
淡々と受け止めていく姿勢が大切である。
運が良くても驕らず、
悪くても沈まず。
プラスマイナスを見つめながら、
ゼロの中心に自分を保つこと。
それが長く成果を出し続ける人の共通点である。
どうか自分の波を振り返ってみてほしい。
今がどんな状況であれ、
必ずゼロの地点に戻るときが来る。
その上で、
次にどんなプラスを迎えに行くのか。
人生とは、その選択の連続のように思う。
日曜にふと思うこと。
人生を長く見渡してみると、
結局のところ
「プラスマイナスゼロ」である、
ということだ。
順調に見える人でも、
必ずどこかで谷が訪れる。
反対に不幸が続いているように見える人でも、
どこかで風向きが変わり、
思いもよらぬ追い風が吹く。
人の運は、そうした均衡の上に
成り立っているのだと思う。
私が思うのは、
運がいいときにこそ、
実力があるかどうかが試される、
ということである。
追い風が吹けば誰でも走れる。
しかしその追い風に甘えて脚を止める人と、
さらに踏み込んで前に進む人とでは、
その後の景色がまったく違う。
プラスに見える時期をどう扱うかで、
ゼロに戻るだけなのか、
次のプラスにつながるのかが決まるのである。
また、マイナスの時期は、
実は未来のプラスの前払いであることが多い。
仕事が思うように進まなかったり、
人間関係がぎくしゃくしたり、
予期せぬトラブルが続いたりする。
だが、それらの出来事には
必ず学びが含まれており、
それをきちんと受け取った人から順に
次の段階へ進んでいく。
マイナスとは、
未来の自分に向けて
必要な課題を渡されているだけなのである。
だからこそ、
人生の波に振り回されるのではなく、
その波を観察し、
淡々と受け止めていく姿勢が大切である。
運が良くても驕らず、
悪くても沈まず。
プラスマイナスを見つめながら、
ゼロの中心に自分を保つこと。
それが長く成果を出し続ける人の共通点である。
どうか自分の波を振り返ってみてほしい。
今がどんな状況であれ、
必ずゼロの地点に戻るときが来る。
その上で、
次にどんなプラスを迎えに行くのか。
人生とは、その選択の連続のように思う。
会社の勢いは、社員の明るさから生まれる
池本克之です。
私は、会社に勢いがあるかどうかは、
オフィスに入った瞬間の
「空気」でわかると思っている。
社員の表情が明るい会社は、例外なく強い。
数字が良い会社よりも、
雰囲気がいい会社のほうが、
結果的に業績も伸びていく。
なぜか。
それは、明るい雰囲気が
“会社のエネルギー”になるからだ。
社員が前向きに話し、素直に意見を出し合う。
お互いを応援しながら仕事を進める。
その空気の中にいると、
不思議と挑戦が生まれ、
スピードも上がる。
まさに「勢い」が自然に生まれていく。
その雰囲気をつくるのは、やはり社長だ。
社長がいつも厳しい顔をしていると、
社員も萎縮する。
社長が明るく前向きな言葉を口にすると、
社員は「自分もやってみよう」と思う。
組織は、上からの“気”で動く。
だからこそ、社長自身が
「会社を明るく照らす存在」で
あることが大切だ。
そして社員が生き生きと
動き出すために必要なのは、
「任せる」
「信じる」
「やってみせる」
という3つの姿勢だ。
任せることで、社員は責任を持つ。
信じることで、社員は力を発揮する。
やってみせることで、社員はついてくる。
これはどの年代にも共通している。
若手であれ、ベテランであれ、
人は「信じてもらっている」と
感じたときに最も成長する。
逆に、指示ばかり出され、
細かく管理されると、
人は動かなくなる。
「自分で考える」ことをやめてしまう。
社長が社員を信じ、社員が社長を信頼する。
その関係ができると、
会社には「安心感」と「勢い」が
同時に生まれる。
人は安心しているときにこそ、大胆になれる。
前向きに挑戦できる。
明るい会社とは、
まさにそうした
心理的安全性に支えられているのだ。
私はこう考えている。
明るい雰囲気は偶然ではなく、
社長の姿勢と日々の言葉がつくる。
社員を信じ、
任せ、
そして自らやってみせる。
その3つの積み重ねが、
会社を上向かせる原動力になる。
勢いのある会社は、例外なく空気が明るい。
明るさこそ、最大の経営資源だと思っている。
私は、会社に勢いがあるかどうかは、
オフィスに入った瞬間の
「空気」でわかると思っている。
社員の表情が明るい会社は、例外なく強い。
数字が良い会社よりも、
雰囲気がいい会社のほうが、
結果的に業績も伸びていく。
なぜか。
それは、明るい雰囲気が
“会社のエネルギー”になるからだ。
社員が前向きに話し、素直に意見を出し合う。
お互いを応援しながら仕事を進める。
その空気の中にいると、
不思議と挑戦が生まれ、
スピードも上がる。
まさに「勢い」が自然に生まれていく。
その雰囲気をつくるのは、やはり社長だ。
社長がいつも厳しい顔をしていると、
社員も萎縮する。
社長が明るく前向きな言葉を口にすると、
社員は「自分もやってみよう」と思う。
組織は、上からの“気”で動く。
だからこそ、社長自身が
「会社を明るく照らす存在」で
あることが大切だ。
そして社員が生き生きと
動き出すために必要なのは、
「任せる」
「信じる」
「やってみせる」
という3つの姿勢だ。
任せることで、社員は責任を持つ。
信じることで、社員は力を発揮する。
やってみせることで、社員はついてくる。
これはどの年代にも共通している。
若手であれ、ベテランであれ、
人は「信じてもらっている」と
感じたときに最も成長する。
逆に、指示ばかり出され、
細かく管理されると、
人は動かなくなる。
「自分で考える」ことをやめてしまう。
社長が社員を信じ、社員が社長を信頼する。
その関係ができると、
会社には「安心感」と「勢い」が
同時に生まれる。
人は安心しているときにこそ、大胆になれる。
前向きに挑戦できる。
明るい会社とは、
まさにそうした
心理的安全性に支えられているのだ。
私はこう考えている。
明るい雰囲気は偶然ではなく、
社長の姿勢と日々の言葉がつくる。
社員を信じ、
任せ、
そして自らやってみせる。
その3つの積み重ねが、
会社を上向かせる原動力になる。
勢いのある会社は、例外なく空気が明るい。
明るさこそ、最大の経営資源だと思っている。
“時間に追われている”は、錯覚である
池本克之です。
「毎日忙しくて、時間が足りません」
そう嘆く経営者やビジネスパーソンの声を
私は何度も聞いてきた。
だが私は、
こう問い直すようにしている。
「それは本当に
“時間のせい”なのか?」と。
実際のところ、多くの人は
時間に追われているのではない。
“優先順位を決めきれていない”
だけなのだ。
やるべきことが曖昧だと、
すべてが“緊急”に見える。
そして、その感覚こそが、
「時間に追われる」
という錯覚を生む。
私自身も、かつては
スケジュールが詰まりすぎて、
何に時間を使ったのか
分からぬまま一日が終わることがあった。
だが、あるとき気づいた。
「時間が足りない」のではなく、
「やることを選んでいない」
だけなのだと。
すべてをやろうとせず、
“本当にやるべきこと”だけに
絞り込む。
そう決めたとたん、
不思議と時間にゆとりが生まれた。
経営者にとって大切なのは、
“未来を変える仕事”に
どれだけ時間を投資できるか
ということである。
目の前のメール対応や
資料の確認に流されず、
一日の中に
「考える時間」を確保してほしい。
私はどんなに忙しくても
毎朝15分だけは
“空白”の時間をとる。
このわずかな時間が、
経営判断の質を
大きく変えるからである。
また、“急ぎではないが重要なこと”
──たとえば採用、育成、戦略──
そういった仕事ほど
つい後回しになってしまう。
だが、ここにこそ、
未来の成長の種がある。
忙しいと感じたら、
一度立ち止まってほしい。
そして、自分に問うのだ。
「これは、本当に
自分が“選んだ時間”か?」
「未来に
つながっている仕事か?」
時間に“追われている”のではない。
ただ、“選んでいない”だけである。
意思を取り戻せば、
時間は味方になる。
だから私は、今日も、
“考える余白”と“選び取る感覚”を
大切にしている。
「毎日忙しくて、時間が足りません」
そう嘆く経営者やビジネスパーソンの声を
私は何度も聞いてきた。
だが私は、
こう問い直すようにしている。
「それは本当に
“時間のせい”なのか?」と。
実際のところ、多くの人は
時間に追われているのではない。
“優先順位を決めきれていない”
だけなのだ。
やるべきことが曖昧だと、
すべてが“緊急”に見える。
そして、その感覚こそが、
「時間に追われる」
という錯覚を生む。
私自身も、かつては
スケジュールが詰まりすぎて、
何に時間を使ったのか
分からぬまま一日が終わることがあった。
だが、あるとき気づいた。
「時間が足りない」のではなく、
「やることを選んでいない」
だけなのだと。
すべてをやろうとせず、
“本当にやるべきこと”だけに
絞り込む。
そう決めたとたん、
不思議と時間にゆとりが生まれた。
経営者にとって大切なのは、
“未来を変える仕事”に
どれだけ時間を投資できるか
ということである。
目の前のメール対応や
資料の確認に流されず、
一日の中に
「考える時間」を確保してほしい。
私はどんなに忙しくても
毎朝15分だけは
“空白”の時間をとる。
このわずかな時間が、
経営判断の質を
大きく変えるからである。
また、“急ぎではないが重要なこと”
──たとえば採用、育成、戦略──
そういった仕事ほど
つい後回しになってしまう。
だが、ここにこそ、
未来の成長の種がある。
忙しいと感じたら、
一度立ち止まってほしい。
そして、自分に問うのだ。
「これは、本当に
自分が“選んだ時間”か?」
「未来に
つながっている仕事か?」
時間に“追われている”のではない。
ただ、“選んでいない”だけである。
意思を取り戻せば、
時間は味方になる。
だから私は、今日も、
“考える余白”と“選び取る感覚”を
大切にしている。
黙っているだけで、責任は免れない
池本克之です。
私は今まで自分の会社の会議以外にも、
お客様先の会議にも立ち会うことが多い。
その中でたびたび目にするのが、
「発言しない人」の存在である。
議論が交わされ、意見が出揃っていく中で、
一言も発さず、終始黙っている人。
あるいは、自分の意見を問われても
「特にありません」と答えるだけの人。
一見、害のない態度のように見えるが、
私はそれを「無言の無責任」と捉えている。
なぜなら、沈黙は「不参加」であり、
「意思表示を放棄している状態」だからである。
つまり、会議という組織活動の中で
発言しないことは、
議論に無関心であることと同義なのだ。
これは、無視と何ら変わらない。
黙っている人が会議後に、
「あの決定には納得できない」と
陰で不満を漏らすことがある。
だが私はこう問いたい。
「ならば、なぜその場で声を上げなかったのか?」
議論とは、意見を交わしてこそ価値がある。
同意でも反対でもいい。
その場にいる以上は、自分の立場を表明し、
責任ある姿勢を示す必要がある。
もちろん、声が大きい人の前では
発言しにくい空気もあるかもしれない。
だが、経営や組織運営というのは、
そうした「空気に流されない意志力」が
求められる場である。
最近は特に、
“心理的安全性”と“発言責任”の両立が問われる。
誰でも発言できる環境をつくることは大前提だが、
そのうえで「沈黙も責任の一形態」であるという
意識を持たせる必要がある。
私が会議で重視しているのは、
全員に一度は発言機会を与えることである。
強制ではなく、
「あなたはどう思うか」を丁寧に問う。
そうすれば、思わぬ視点が生まれ、
議論の質が深まることも多い。
会議に参加するということは、
組織に影響を与える立場にあるということだ。
沈黙も選択のひとつだが、
その結果には、必ず責任が伴う。
だからこそ、私は伝えたい。
「黙ることは、無関心では済まされない」と。
私は今まで自分の会社の会議以外にも、
お客様先の会議にも立ち会うことが多い。
その中でたびたび目にするのが、
「発言しない人」の存在である。
議論が交わされ、意見が出揃っていく中で、
一言も発さず、終始黙っている人。
あるいは、自分の意見を問われても
「特にありません」と答えるだけの人。
一見、害のない態度のように見えるが、
私はそれを「無言の無責任」と捉えている。
なぜなら、沈黙は「不参加」であり、
「意思表示を放棄している状態」だからである。
つまり、会議という組織活動の中で
発言しないことは、
議論に無関心であることと同義なのだ。
これは、無視と何ら変わらない。
黙っている人が会議後に、
「あの決定には納得できない」と
陰で不満を漏らすことがある。
だが私はこう問いたい。
「ならば、なぜその場で声を上げなかったのか?」
議論とは、意見を交わしてこそ価値がある。
同意でも反対でもいい。
その場にいる以上は、自分の立場を表明し、
責任ある姿勢を示す必要がある。
もちろん、声が大きい人の前では
発言しにくい空気もあるかもしれない。
だが、経営や組織運営というのは、
そうした「空気に流されない意志力」が
求められる場である。
最近は特に、
“心理的安全性”と“発言責任”の両立が問われる。
誰でも発言できる環境をつくることは大前提だが、
そのうえで「沈黙も責任の一形態」であるという
意識を持たせる必要がある。
私が会議で重視しているのは、
全員に一度は発言機会を与えることである。
強制ではなく、
「あなたはどう思うか」を丁寧に問う。
そうすれば、思わぬ視点が生まれ、
議論の質が深まることも多い。
会議に参加するということは、
組織に影響を与える立場にあるということだ。
沈黙も選択のひとつだが、
その結果には、必ず責任が伴う。
だからこそ、私は伝えたい。
「黙ることは、無関心では済まされない」と。