池本克之です。
「毎日忙しくて、時間が足りません」
そう嘆く経営者やビジネスパーソンの声を
私は何度も聞いてきた。
だが私は、
こう問い直すようにしている。
「それは本当に
“時間のせい”なのか?」と。
実際のところ、多くの人は
時間に追われているのではない。
“優先順位を決めきれていない”
だけなのだ。
やるべきことが曖昧だと、
すべてが“緊急”に見える。
そして、その感覚こそが、
「時間に追われる」
という錯覚を生む。
私自身も、かつては
スケジュールが詰まりすぎて、
何に時間を使ったのか
分からぬまま一日が終わることがあった。
だが、あるとき気づいた。
「時間が足りない」のではなく、
「やることを選んでいない」
だけなのだと。
すべてをやろうとせず、
“本当にやるべきこと”だけに
絞り込む。
そう決めたとたん、
不思議と時間にゆとりが生まれた。
経営者にとって大切なのは、
“未来を変える仕事”に
どれだけ時間を投資できるか
ということである。
目の前のメール対応や
資料の確認に流されず、
一日の中に
「考える時間」を確保してほしい。
私はどんなに忙しくても
毎朝15分だけは
“空白”の時間をとる。
このわずかな時間が、
経営判断の質を
大きく変えるからである。
また、“急ぎではないが重要なこと”
──たとえば採用、育成、戦略──
そういった仕事ほど
つい後回しになってしまう。
だが、ここにこそ、
未来の成長の種がある。
忙しいと感じたら、
一度立ち止まってほしい。
そして、自分に問うのだ。
「これは、本当に
自分が“選んだ時間”か?」
「未来に
つながっている仕事か?」
時間に“追われている”のではない。
ただ、“選んでいない”だけである。
意思を取り戻せば、
時間は味方になる。
だから私は、今日も、
“考える余白”と“選び取る感覚”を
大切にしている。
月別: 2026年3月
黙っているだけで、責任は免れない
池本克之です。
私は今まで自分の会社の会議以外にも、
お客様先の会議にも立ち会うことが多い。
その中でたびたび目にするのが、
「発言しない人」の存在である。
議論が交わされ、意見が出揃っていく中で、
一言も発さず、終始黙っている人。
あるいは、自分の意見を問われても
「特にありません」と答えるだけの人。
一見、害のない態度のように見えるが、
私はそれを「無言の無責任」と捉えている。
なぜなら、沈黙は「不参加」であり、
「意思表示を放棄している状態」だからである。
つまり、会議という組織活動の中で
発言しないことは、
議論に無関心であることと同義なのだ。
これは、無視と何ら変わらない。
黙っている人が会議後に、
「あの決定には納得できない」と
陰で不満を漏らすことがある。
だが私はこう問いたい。
「ならば、なぜその場で声を上げなかったのか?」
議論とは、意見を交わしてこそ価値がある。
同意でも反対でもいい。
その場にいる以上は、自分の立場を表明し、
責任ある姿勢を示す必要がある。
もちろん、声が大きい人の前では
発言しにくい空気もあるかもしれない。
だが、経営や組織運営というのは、
そうした「空気に流されない意志力」が
求められる場である。
最近は特に、
“心理的安全性”と“発言責任”の両立が問われる。
誰でも発言できる環境をつくることは大前提だが、
そのうえで「沈黙も責任の一形態」であるという
意識を持たせる必要がある。
私が会議で重視しているのは、
全員に一度は発言機会を与えることである。
強制ではなく、
「あなたはどう思うか」を丁寧に問う。
そうすれば、思わぬ視点が生まれ、
議論の質が深まることも多い。
会議に参加するということは、
組織に影響を与える立場にあるということだ。
沈黙も選択のひとつだが、
その結果には、必ず責任が伴う。
だからこそ、私は伝えたい。
「黙ることは、無関心では済まされない」と。
私は今まで自分の会社の会議以外にも、
お客様先の会議にも立ち会うことが多い。
その中でたびたび目にするのが、
「発言しない人」の存在である。
議論が交わされ、意見が出揃っていく中で、
一言も発さず、終始黙っている人。
あるいは、自分の意見を問われても
「特にありません」と答えるだけの人。
一見、害のない態度のように見えるが、
私はそれを「無言の無責任」と捉えている。
なぜなら、沈黙は「不参加」であり、
「意思表示を放棄している状態」だからである。
つまり、会議という組織活動の中で
発言しないことは、
議論に無関心であることと同義なのだ。
これは、無視と何ら変わらない。
黙っている人が会議後に、
「あの決定には納得できない」と
陰で不満を漏らすことがある。
だが私はこう問いたい。
「ならば、なぜその場で声を上げなかったのか?」
議論とは、意見を交わしてこそ価値がある。
同意でも反対でもいい。
その場にいる以上は、自分の立場を表明し、
責任ある姿勢を示す必要がある。
もちろん、声が大きい人の前では
発言しにくい空気もあるかもしれない。
だが、経営や組織運営というのは、
そうした「空気に流されない意志力」が
求められる場である。
最近は特に、
“心理的安全性”と“発言責任”の両立が問われる。
誰でも発言できる環境をつくることは大前提だが、
そのうえで「沈黙も責任の一形態」であるという
意識を持たせる必要がある。
私が会議で重視しているのは、
全員に一度は発言機会を与えることである。
強制ではなく、
「あなたはどう思うか」を丁寧に問う。
そうすれば、思わぬ視点が生まれ、
議論の質が深まることも多い。
会議に参加するということは、
組織に影響を与える立場にあるということだ。
沈黙も選択のひとつだが、
その結果には、必ず責任が伴う。
だからこそ、私は伝えたい。
「黙ることは、無関心では済まされない」と。
信じる勇気がチームを強くする
池本克之です。
組織の中には、
有能でありながら
「人に仕事を任せられない」リーダーが
少なからず存在する。
仕事の進行を把握しておきたい、
失敗したくない、
自分がやったほうが早い・・
そうした気持ちが強く働くと、
つい何でも自分で抱え込んでしまう。
結果として、
本来リーダーがすべき業務に
手が回らなくなり、疲弊していく。
これは今のビジネス現場でも
よく見られる光景である。
多様な働き方、
世代間の価値観の違い、
情報のスピード。
変化の激しい環境下では
「自分でやった方が確実」と
感じる場面が増えているのかもしれない。
だが、それが“間違い”の始まりである。
自分でやれば、たしかに短期的には
速くて正確かもしれない。
しかし長期的に見れば、
リーダーの時間は奪われ、
部下は育たず、
チーム全体の生産性は下がっていく。
最悪の場合、
有能だったリーダーが
「雑務に追われる現場担当者」へ
と押し戻されてしまうのだ。
なぜ人に仕事を任せられないのか?
理由はさまざまだが、
根底にあるのは
「人を信用していない」という意識である。
「任せて失敗されたら困る」
「自分のやり方と違うと気になる」
「結局、自分がやった方が早い」
こうした思考が染みついてしまうと、
たとえ仕事を任せても、
やり方に口を出し、
最後には「やっぱり自分がやる」と
取り上げてしまう。
このとき、部下はこう感じている。
「自分は信用されていないのかもしれない」
「どうせ意見を出しても無駄だ」
「言われたことだけやっていればいいか…」
そうして、指示待ち人間が増えていく。
いま、多くの企業が
イノベーションの必要性を叫んでいるが、
アイデアも提案も、信頼されていないと出てこない。
2026年現在、Z世代以降の若手社員は
「信頼されている」という
実感がないと動かない傾向が
より顕著になっているといわれている。
つまり、信頼のないマネジメントでは、
どんなに人を雇っても組織は動かない。
だからこそ、仕事を任せる勇気が必要だ。
もちろん、
任せたら放置していいというわけではない。
要所で進捗を確認し、
必要であればサポートする。
それがリーダーとしての責任である。
任せるとは、
単に作業を投げることではなく、
「あなたを信じている」というメッセージでもある。
信じて任せるからこそ、部下は成長する。
成長するからこそ、任せられる仕事の幅が広がる。
そして、リーダー自身の時間とエネルギーも、
より戦略的な業務に使えるようになる。
もしあなたの周囲に、
いつも疲れているリーダーがいたら
こう伝えてほしい。
「部下を信じることも、リーダーの仕事です」
その一言が、組織に信頼の循環を生み出し、
強いチームを育てる一歩となるだろう。
組織の中には、
有能でありながら
「人に仕事を任せられない」リーダーが
少なからず存在する。
仕事の進行を把握しておきたい、
失敗したくない、
自分がやったほうが早い・・
そうした気持ちが強く働くと、
つい何でも自分で抱え込んでしまう。
結果として、
本来リーダーがすべき業務に
手が回らなくなり、疲弊していく。
これは今のビジネス現場でも
よく見られる光景である。
多様な働き方、
世代間の価値観の違い、
情報のスピード。
変化の激しい環境下では
「自分でやった方が確実」と
感じる場面が増えているのかもしれない。
だが、それが“間違い”の始まりである。
自分でやれば、たしかに短期的には
速くて正確かもしれない。
しかし長期的に見れば、
リーダーの時間は奪われ、
部下は育たず、
チーム全体の生産性は下がっていく。
最悪の場合、
有能だったリーダーが
「雑務に追われる現場担当者」へ
と押し戻されてしまうのだ。
なぜ人に仕事を任せられないのか?
理由はさまざまだが、
根底にあるのは
「人を信用していない」という意識である。
「任せて失敗されたら困る」
「自分のやり方と違うと気になる」
「結局、自分がやった方が早い」
こうした思考が染みついてしまうと、
たとえ仕事を任せても、
やり方に口を出し、
最後には「やっぱり自分がやる」と
取り上げてしまう。
このとき、部下はこう感じている。
「自分は信用されていないのかもしれない」
「どうせ意見を出しても無駄だ」
「言われたことだけやっていればいいか…」
そうして、指示待ち人間が増えていく。
いま、多くの企業が
イノベーションの必要性を叫んでいるが、
アイデアも提案も、信頼されていないと出てこない。
2026年現在、Z世代以降の若手社員は
「信頼されている」という
実感がないと動かない傾向が
より顕著になっているといわれている。
つまり、信頼のないマネジメントでは、
どんなに人を雇っても組織は動かない。
だからこそ、仕事を任せる勇気が必要だ。
もちろん、
任せたら放置していいというわけではない。
要所で進捗を確認し、
必要であればサポートする。
それがリーダーとしての責任である。
任せるとは、
単に作業を投げることではなく、
「あなたを信じている」というメッセージでもある。
信じて任せるからこそ、部下は成長する。
成長するからこそ、任せられる仕事の幅が広がる。
そして、リーダー自身の時間とエネルギーも、
より戦略的な業務に使えるようになる。
もしあなたの周囲に、
いつも疲れているリーダーがいたら
こう伝えてほしい。
「部下を信じることも、リーダーの仕事です」
その一言が、組織に信頼の循環を生み出し、
強いチームを育てる一歩となるだろう。
社長は見られている。その覚悟はあるか。
池本克之です。
社長は大変な職業である。
売上の責任も、
資金繰りの不安も、
人の問題も、
最後はすべて自分に返ってくる。
決断を間違えれば会社が傾く。
しかし、決めなければ何も前に進まない。
孤独で、重い仕事だ。
だが、もう一つ忘れてはならないことがある。
社員は、
そんな社長をよく見ているという事実だ。
言葉よりも態度を。
理屈よりも覚悟を。
耳で聞く以上に、目で観察している。
厳しい局面で逃げるのか。
都合が悪くなると黙るのか。
感情で怒るのか。
すべて見られている。
「社長だから大変なんだ」と
愚痴を言うのは簡単だ。
しかし社員から見れば、
その姿こそが会社の基準になる。
社長が時間にルーズなら、
組織も緩む。
社長が言い訳をすれば、
社員も責任を曖昧にする。
逆に、
厳しい状況でも逃げず、
淡々と打ち手を考え、
感情を整えて前を向く姿は、
何よりのメッセージになる。
社長は、役職ではない。
姿勢である。
大変なのは当然だ。
そのために高い報酬と
最終決定権を持っている。
楽をしたいなら、
その椅子に座るべきではない。
社員は、
あなたの背中を基準に動く。
社長という職業は、
言葉以上に
「生き方」を問われる仕事だ。
その覚悟があるか。
毎日、試されている。
社長は大変な職業である。
売上の責任も、
資金繰りの不安も、
人の問題も、
最後はすべて自分に返ってくる。
決断を間違えれば会社が傾く。
しかし、決めなければ何も前に進まない。
孤独で、重い仕事だ。
だが、もう一つ忘れてはならないことがある。
社員は、
そんな社長をよく見ているという事実だ。
言葉よりも態度を。
理屈よりも覚悟を。
耳で聞く以上に、目で観察している。
厳しい局面で逃げるのか。
都合が悪くなると黙るのか。
感情で怒るのか。
すべて見られている。
「社長だから大変なんだ」と
愚痴を言うのは簡単だ。
しかし社員から見れば、
その姿こそが会社の基準になる。
社長が時間にルーズなら、
組織も緩む。
社長が言い訳をすれば、
社員も責任を曖昧にする。
逆に、
厳しい状況でも逃げず、
淡々と打ち手を考え、
感情を整えて前を向く姿は、
何よりのメッセージになる。
社長は、役職ではない。
姿勢である。
大変なのは当然だ。
そのために高い報酬と
最終決定権を持っている。
楽をしたいなら、
その椅子に座るべきではない。
社員は、
あなたの背中を基準に動く。
社長という職業は、
言葉以上に
「生き方」を問われる仕事だ。
その覚悟があるか。
毎日、試されている。