20代の社員に教えるべき大事なこと

池本克之です。


弊社にはインターンの大学生が
複数名、学業と並行して勤務している。


私はいつもインターン生に
話していることがある。
「他の人がやらないことをあえてやれ」と。


なぜか。


社会人として成長するスピードは、
“やったことの量”ではなく、
“他人がやらないことに
どれだけ挑んだか”で決まるからだ。


いまの時代、20代は忙しい。


情報も多く、便利なツールもある。
だからこそ
「効率よくやる」
「正解を探す」ことに
慣れすぎてしまっている。


しかし成長の本質は
「不便」や「違和感」の中にある。
みんなが避ける面倒なこと、
地味で報われにくいこと、
そこにこそ、差が生まれる。


たとえば、
社内で誰もやりたがらない仕事。


細かい資料整理、
地道なデータチェック、
年上の新人さんのサポート。


それらを淡々とこなせる20代は、
5年後に必ず信頼を勝ち取る。


なぜなら、
そういう人にこそ仕事が集まるからだ。


上司は安心して任せられる。
結果的にチャンスの総量が増える。


多くの人は「目立つ仕事」ばかりを追いかける。


しかし、真に評価される人は、
“誰も見ていないところで
結果を出している人”だ。


リーダーは必ず見ている。
そして、見ている人は意外と多い。


もう一つ。
「他の世代がやらないこと」というのは、
単に“古いやり方”をなぞれという意味ではない。


むしろ、逆だ。


先輩たちがやってこなかった新しい挑戦、
たとえばSNS発信、動画での社内共有、
デジタルツールの提案など。


そうした時代の先をいく行動も含まれる。


つまり、「あえてやる」とは、
“時代の逆を行く”か、
“一歩先を行く”かのどちらかだ。


若いということは、
まだ失敗しても
痛みが少ないということである。


だからこそ
「やらない理由」を探すより、
「まずやってみる」ほうが早い。
やってみて失敗したら、その経験が残る。
やらなければ、何も残らない。


経験値の差は年齢よりも、“行動の量”で決まる。


世の中には「常識」があふれている。


でも常識の中にいたら、
非常識な成果は生まれない。
他の人がやらないことをやる勇気。
それこそが、20代の最大の武器だ。


結局キャリアの差は「やったことの数」ではない。
「やったことの質」と「選んだ方向」で決まる。


“多くの世代がやらないこと”をあえて選ぶ人が、
次の時代のリーダーになる。


だからこそこの考えが大事なのである。


他人と同じ道を歩くな。
少し遠回りでもいい。
人が避ける道の先に、
必ずあなたの成長が待っている。

社員の間違いをどう正すか

池本克之です。


経営者として
日々社員と接していると
「あ、それは違うな」と
感じる場面に必ず出会う。


判断の誤り、
準備不足、
あるいは方向性のずれ。


社長の目から見れば
即座に修正すべきと思えることでも、
私はあえてすぐに
「それは違う」とは
言わないようにしている。


なぜか。
理由はシンプルである。


まず「話を聞く」ことこそが、
社員の成長を促す
最初のステップだからだ。


人は誰しも、
自分の意見を
真剣に聞いてもらえたときに
初めて「理解してもらえた」と感じ、
その後の指摘を受け入れやすくなる。


逆に話を遮られ、
一方的に否定されれば、
防御的になり、耳を閉ざしてしまう。


かつて私が関わった企業でも、
社長が社員に対して
即座に「それは違う!」と
強い口調で訂正することが
常態化していた。


社員は次第に発言を控えるようになり、
やがて新しいアイデアが
まったく出なくなった。
その結果、組織は保守的になり、
競争力を失っていった。


これは経営において
非常に大きな損失である。


「まずは聞く」。
これは簡単なようで難しい。
忙しい経営者ほど「効率」を
重視してしまいがちだ。


しかし、社員の間違いを
その場で正すことは
短期的には効率的でも、
長期的には「考える力」を
奪う非効率につながる。


社員が何を根拠にその判断をしたのか、
どういう意図で行動したのかを
聞き出すことで、
その人の思考回路が見える。


そこにこそ、
教育のヒントが隠れている。


アメリカの経営学者ピーター・ドラッカーは
「人は強みによってのみ
成果をあげられる」と語った。


社員の間違いをただ正すのではなく、
その奥にある強みを見極め、
それを伸ばす形で
軌道修正していくことが、
経営者の本当の役割であると
私は考える。


もちろん、
間違いを放置することはできない。


会社の信用にかかわること、
顧客に迷惑をかけることは
速やかに正さなければならない。


ただしその場合も
「君の意見はこういう意図だと理解した。
しかし、こういうリスクがある。
だから今回はこういう判断をしよう」
と伝える。


このように
「まず受け止めた上で伝える」ことが、
社員にとっては大きな安心感となる。


社員は社長の一言で大きく揺れる。
だからこそ、正すときほど丁寧に耳を傾け、
背景を知り、理解したうえで修正する。


そうすることで社員は
「自分は尊重されている」と感じ、
次はより良い判断をしようと努力する。
これが組織を強くする循環である。


社員の間違いを正すのに必要なのは、
社長の知識や経験だけではない。


まずは相手を尊重する姿勢だ。
いったんは話を聞く。


そこから始まる対話こそが、
会社を成長させる、
最大の教育の場になるのである。

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値上げは悪ではない

池本克之です。


昨年から特に物価上昇と言われ、
あらゆる業界で「値上げ」が続いている。


原材料費の高騰、
物流コストの上昇、
人件費の増加。
理由を並べれば、いくらでも出てくる。


正直に言えば、
値上げは当然必要だと思っている。
原材料が上がっているのに、
価格だけを据え置くほうが、
よほど不自然だからだ。


それでも日本では、
値上げをするとどこか後ろめたい。
「申し訳ありません」
「心苦しいのですが」
そんな言葉が、必ず添えられる。


この空気こそ、
日本特有の問題だと思っている。
「お客さんは神様」
「店側が我慢するもの」
この考え方は、もう限界にきている。


我慢の先にあるのは、
感謝ではない。
疲弊である。
利益を削り、人を削り、
現場が持たなくなる。
それでも続ければ、
最後に残るのは何もない。


値上げをしないことが
美徳のように語られてきたが、
それは経営としては、責任放棄でもある。


続けるために、
必要な価格をきちんと取る。
これは経営の基本であり、
逃げてはいけない判断だ。


お客さんにとって不都合なことでも、
言うべきことは言わなければならない。
安さだけを提供し続ける店は、
長くは続かない。


そして、続かない店が増えるほど、
社会は結果として不便になっていく。


本当に守るべきなのは、
目先の価格ではない。
継続できる仕組みである。


値上げとは、覚悟の表明だ。
この価格で、
この品質で、
この人たちと続けていく。
そう決めることだと思っている。


日本はこれから、
「安さ」ではなく
「持続」を選ぶ国になるべきだ。
そのために、
値上げを正面から語れる経営者が
もっと必要だと感じている。


値上げは、悪ではない。
逃げない選択である。

ミスを共有する仕組み

池本克之です。


会社を成長させるうえで欠かせないのが
「ミスを共有できる仕組み」を持つことだ。


どんなに優秀な人でも、ミスをする。


ミスをゼロにすることを目指すのではなく、
「ミスが起きたときに、どう受け止め、
どう次につなげるか」を
仕組みとして持てるかどうかが、
組織の強さを分ける。


ミスは、隠されてしまうと意味がない。
むしろ、隠されたミスこそが
組織にとって一番怖い。


それが広がると、
同じ失敗が繰り返され、
取り返しのつかない問題になることもある。


だからこそ「ミスを報告しやすい文化」を
つくることが大切だ。


「報告すれば叱られる」
「責められる」
と思えば、誰だって黙る。


そうではなく、
「早く言ってくれてありがとう」と
言える環境をつくること。


これが、リーダーの最初の責任だと思っている。


ただし、誤解してはいけないのは
“ミスを軽んじていい”
という文化をつくることではない。


ミスを共有することと、
ミスを許すことは、
同じではない。


報告しやすい文化は必要だが、
けじめはもっと必要だ。


やってはいけないこと、
守るべきルール、
最低限の基準

それらをきちんと明確にし、
伝え、教育する。


そこを曖昧にしてしまうと、
組織が緩み、信頼が崩れる。


「ミスを責めない」のではなく、
「ミスを活かす」ことが目的である。


共有されたミスを分析し、
原因を探り、
次に同じことが起きない仕組みに変えていく。


ミスを通じて、会社全体の精度が上がる。


そういうサイクルを回してこそ、
健全な組織だと思う。


パジャ・ポスは
報告しやすい文化を意識的に育てている。


どんな小さなことでも
「あれ?おかしいかもしれない」と思ったら、
すぐに共有するように伝えている。


早い段階で共有されれば、
対応は軽く済むし、
誰かがフォローできる。


逆に、「言い出せない空気」があると、
それは必ずあとで大きな問題になる。


大事なのは
「ミスをした本人を責める」のではなく、
「ミスが起きた背景を一緒に考える」ことだ。


システムの問題か、
手順の問題か、
コミュニケーションの問題か。


個人ではなく、仕組みで改善する。
その姿勢があれば、
メンバーも安心して報告できるようになる。


会社には、
“やっていいこと”と
“やってはいけないこと”を
伝える責任がある。


ミスを共有する文化を根づかせるには、
その線引きを明確にし、
価値観として全員に浸透させることが
欠かせない。


「これは改善のチャンスだ」と
受け止めることと、
「ルールを破ってもいい」ということは
まったく別だ。


ミスを隠す会社は、問題を膨らませる。
ミスを共有できる会社は、問題を力に変える。
この差が、数年後の組織力の差になる。


ミスを共有できる仕組みとは、
つまり「信頼の仕組み」である。


信頼があれば報告でき、
報告があれば改善が生まれる。
そうして少しずつ、
強いチームができていく。

静かな時間が、未来をつくる

池本克之です。


静かに机に向かう時間がある。
予定のない空白ではなく、
あえてつくった沈黙の時間である。


2026年のスケジュールを広げ、
月ごとの流れを眺めていると、
不思議といろいろな思いや
アイディアが浮かんでくる。


今すぐ形になるものもあれば、
まだ言葉にならないものもある。


しかしこの
「浮かんでは消え、また浮かぶ」
という状態こそが、
未来を考えるための
大切な準備なのだと思っている。


ピーター・ドラッカーは
「成果をあげる者は、
静かな時間を大切にする」
という言葉を残している。


忙しさの中では、
人は目の前の処理に追われ、
本当に考えるべきことを
後回しにしてしまう。


だからこそ、
意識的に立ち止まる時間が必要なのである。


スケジュールを見ながら、
「この時期には何を仕込むべきか」
「この流れは少し無理があるな」
「ここには余白を残した方がいい」
そんな調整が
頭の中で自然と始まる。


誰かに言われたわけでもなく、
数字に追われているわけでもない。


ただ静かに考えているだけなのに、
未来の輪郭が
少しずつはっきりしてくる。


スティーブ・ジョブズも
「創造性とは、
点と点をつなぐことだ」
と語っている。


点は、日々の仕事や経験の中に
すでに存在している。
それらがつながるのは、
忙しさから離れ、
静かに振り返る時間があるときだ。


予定を詰め込みすぎると、
未来は見えなくなる。
だが、余白をつくると、
思考は自然と前に進む。
この違いはとても大きい。


2026年に向けて、
何をやるかを決める前に、
何を考えるか、
どんな視点で見るかを
整える必要がある。


そのための時間は、
会議でもなく、
移動中でもなく、
やはり
静かに机に向かう時間なのである。


成果は、
派手な行動の中だけで
生まれるわけではない。
むしろ、誰にも見えない静かな時間の中で、
すでに芽を出している。


こうした時間こそが、
最も有意義で、
最も贅沢な仕事なのだと、
私は改めて感じている。

人が辞める会社、残る会社

池本克之です。


「人が辞める会社」は、
特別な問題を抱えているわけではない。


むしろ、多くの会社が同じ兆しを持っている。
今年は特に、
この見極めを
一層強化する必要があると感じている。


給料や働き方の問題は、
確かに分かりやすい理由だ。
だが本質は、そこだけではない。
人は「何を大事にしている会社なのか」が
分からないと、長くはいられない。


最近は、
AIを使いこなせるかどうかがよく話題になる。


しかし本当に問われているのは、
人が何を考える会社なのか、という点だ。


AIは答えを速く出すが、
何を問いにするかは人が決める。
何を答えとして採用するかは人が決める。


これからは
「考える力」をどう扱う会社なのかが、
より重要になる。


だから採用の場でも、
スキルや経験だけを見ていては足りない。


将来をどう考えているのか、
自分の考えをどう持っているのか。


さらに、AIをどう捉えているのか。
便利な道具なのか、
任せきる存在なのか、
それとも一緒に使う相棒なのか。


ここにズレがあると、
必ず後で噛み合わなくなる。


だからこそ、
会社の価値観は明確でなければならない。
私は以前から、
会社(経営者)の価値観は
明文化すべきだと提唱している。


会社としての考え
会社のルール、
社長が何を大事にしているのか。


それを言葉にして、残しておく。
そうしなければ、
その場の社長の思いつきで会社が動き、
社長、上司の機嫌や気分で
方針が変わってしまう。


それについていける人は、
必ず減っていく。


辞めない人を採用すること。
そして、辞めても回る会社をつくること。


この両方を同時に進めなければ、
組織は強くならない。


人が辞めるかどうかは結果であって、
原因ではない。
原因は、
「価値観が共有されていないこと」にある。


今年は人を増やす前に、
言葉を増やす年にすべきだと思っている。


何を考える会社なのか、
何を大事にするのか。


それを語れない会社から、
人は静かに離れていく。

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チャレンジする環境は、本当にあるか?

池本克之です。


「うちの会社はチャレンジできる環境です」
そう言う会社は多い。


だが私は、少し意地悪な目でそれを見ている。


本当にチャレンジできる環境とは、
失敗しても笑顔で許される場所ではない。
むしろ逆だ。


結果を求められ、
責任を問われ、
それでも前に出ることが許される環境である。


多くの会社では、
「チャレンジしていい」と言いながら、
失敗した瞬間に空気が変わる。
評価が下がり、
陰でささやかれ、
次からは任されなくなる。
それでは誰も本気では挑戦しない。


チャレンジとは、
会社の看板を背負うことだ。
時間を使い、
エネルギーを使い、
ときには既存のやり方を壊すことでもある。
楽な話ではない。


それでも挑む人が出てくる会社には、
共通点がある。
社長や上司が、
「責任は自分が取る」という覚悟を
行動で示していることだ。


口ではなく、姿勢である。
うまくいったときだけ前に出て、
失敗したら距離を取る。
そんな姿を見て、
誰が安心して手を挙げるだろうか。


もう一つ大事なのは、
チャレンジの基準を曖昧にしないことだ。
なんでもかんでも
「やってみよう」では、
それは単なる思いつきになる。


目的は何か。
期限はいつか。
どこまでを成功とし、
どこで撤退するのか。
ここまで決めて初めて、
それは仕事としての挑戦になる。


そして忘れてはいけないのは、
チャレンジしない自由も認めることだ。
全員が前に出る必要はない。
だが、挑戦する人を
足を引っ張る空気だけは、
絶対につくってはいけない。


「出る杭を打つ」文化が残っている限り、
会社は縮む。
守ることに慣れた組織は、
気づかぬうちに
選択肢を失っていく。


チャレンジとは才能ではなく、
環境がつくるものだと思っている。


人が育たないのではない。
育たない環境を
放置しているだけの会社が多い。


チャレンジする環境はあるか?


それは社員に問う前に、
まず経営者自身が
自分に問うべき質問である。

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社長と社員の境界線とは

池本克之です。


社長と社員は友達ではない。


この言葉を聞くと、
冷たい印象を持つ人もいるかもしれない。
だがこれは事実だ。


社長と社員は並列の関係でもない。
同じ空間で働き、
同じ方向を向いてはいるが、
背負っている責任はまったく違う。


最終的に経営の判断をし、
その結果に責任を取るのは社長である。


その重さは、
どれだけラフな関係を装っても、
消えるものではない。


最近は「フラットな組織」
「距離の近い経営者」
が好まれる傾向がある。


それ自体を否定するつもりはない。
ただ、ラフに見える関係というのは、
多くの場合、
社長側が相当気を使って成り立たせている。


社員と同じ目線に立ち、
話を聞き、
場の空気を和らげている。
しかしそれは、
責任まで共有しているという意味ではない。


その境界線は、きちんとあっていい。
むしろ、あいまいにしてはいけない。


境界線がなくなると、
判断がぶれ、
組織は迷い始める。


社長が決めるべき場面で
決められなくなるからだ。


ただし、
これは「威張る」という話ではない。


命令口調で支配することでも、
恐怖で従わせることでもない。
それはもう昭和のやり方であり、
今の時代には合わない。


令和の組織づくりに必要なのは、
立場の違いを明確にしたうえでの信頼関係だ。


社長は決断し、
責任を取る。
社員は役割を果たし、
成果で応える。


この役割分担がはっきりしているからこそ、
対話も成り立つ。


仲良しである必要はない。
だが、互いに敬意を持つことは必要だ。


社長が社員を尊重し、
社員が社長の責任の重さを理解する。
その関係性こそが、
今の時代に合った健全な組織だと思っている。


距離が近いことと、
立場が同じことは違う。


フラットに見えても、軸はぶらさない。


私は、そうした境界線を大切にしながら、
これからの組織づくりに向き合っていきたい。

不便さを引き受けるという選択

池本克之です。


2025年の年末年始、
デパートやスーパー、販売業の現場でも
数日間休業するところが目立った。


以前なら考えられなかった光景である。
理由はいくつもあるだろう。
慢性的な人材不足、
働き方改革、
年末年始を休日にあてるという判断。
どれも現場に立つ人間からすれば、
決して軽い理由ではない。


「お客様のために休まない」という価値観が
長く日本を支えてきたのは事実だ。
しかしその裏で、
無理が積み重なってきたのもまた事実である。
私はこの流れを
単なるサービス低下だとは思っていない。


むしろ、日本が一度手放した
「区切り」や「休み」を取り戻し始めているように
感じている。


昔は正月に店が閉まっているのが
当たり前だった。
不便だったが、
それを不便だとは思わなかった。
そういうものだと
受け入れていたからである。


今の日本は便利さに慣れすぎてしまった。
いつでも買える、
すぐ手に入る、
待たなくていい。
その代わりに、
誰かが無理をしていることに
目を向けなくなっていた。


不便になることは退化ではない。
選択である。
人が休むために店が閉まる。
それを受け入れる社会は
成熟しているとも言える。


経営の視点で見ても、この変化は重い。
売上を取りにいくのか、
人を守るのか、
短期を優先するのか、
長く続く形を選ぶのか。


どちらも簡単ではない。
だからこそ、経営判断が問われる。
「できるからやる」


今は、
「やらないことを決める」
勇気が必要な時代である。


不便さに慣れること。
待つことを受け入れること。
完璧を求めすぎないこと。


これは、
消費者だけの話ではない。
経営者自身にも、
突きつけられている課題だ。


便利さを提供する側が、
自分たちの首を絞めていないか。
その問いから、
目をそらしてはいけない。


私は、年末年始に
店が閉まっている日本を見て、
少しだけ、安心した。


無理を前提にしない社会へ、
ほんの一歩だが、
戻り始めていると感じたからである。


不便になる。
だが、持続可能になる。


この選択を、
中途半端にせず、
本気で引き受けられるか。


それが、これからの日本と、
これからの経営に
問われているのだと思っている。

評価制度があっても、会社が変わらない理由

池本克之です。


多くの会社に評価制度はある。


等級表があり、
評価シートがあり、
面談の形も整っている。


それでも実態と乖離し、
機能していない会社は驚くほど多い。


理由はシンプルだ。
評価制度を「仕組み」だと思っているからだ。


評価制度は、
本来、会社の価値観を
運用するための道具である。
何を評価し、何を評価しないのか。
どんな行動を良しとし、
どんな姿勢を認めないのか。


その基準が曖昧なまま、
制度だけを作っても、現場は動かない。


多いのは、
数字と言葉が分離しているケースだ。


制度上は行動や姿勢を評価すると言いながら、
実際に評価されるのは売上や結果だけ。
これでは社員は学習する。


「結局、数字だけ出せばいい」と。


もう一つの問題は、
社長や上司の判断がブレることだ。


その時の状況や感情で評価が変わると、
制度は一気に形骸化する。
評価とは、
公平性ではなく、一貫性だ。


さらに言えば、
評価制度を
「人を納得させるための説明資料」に
している会社も多い。


評価は説得ではない。
日々の判断と行動の積み重ねの結果である。


機能する評価制度に必要なのは、
立派なフォーマットではない。
会社として、何を大事にするのかを言葉にし、
それをブレずに運用し続ける覚悟だ。


評価制度が機能していないのは、
制度が悪いのではない。
価値観が運用されていないだけだ。


制度は、
作った瞬間が完成ではない。


使い続けた結果として、初めて意味を持つ。


評価制度とは、
会社の本音が一番露呈する仕組みだと、
私は考えている。

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